No2508 春蕾

伝統奥地蘭
03 /27 2018
 昨年蘭友に分けて頂いた春蕾が開花した。
 IMGP8162.jpg   IMGP8165.jpg   IMGP8168.jpg
 ややピンク色が足りないものの形の良い花が咲いた。。昔は紅と麻の二手があるとされたが、何らかの理由で咲き分けるのだろうと言われている。吉祥大荷も白っぽく咲いたり、ピンクに咲いたりする。何が原因かはよくわからない。。。

No2506 剣陽蝶

伝統奥地蘭
03 /26 2018
大理の蓮弁を世に知らしめた魁であるが、すっかり忘れ去られた感がある。。
 IMGP8089.jpg   IMGP8090.jpg   IMGP8091.jpg
 愛らしいとても良い蘭だ。 安くなったいまこそ楽しみ時だと思っている。。当時は高すぎて買いたくても買えなかったものだ。。現地でも皆、鉄格子で囲った牢屋のような蘭舎に隠していた。。

No2313 花芽 春蕾

伝統奥地蘭
10 /26 2017
春に入手した春蕾に花芽がきた。。
 IMGP6761.jpg    IMGP6762.jpg
 一世を風靡した蓮弁であるが、誰もが忘れたころに御棚入り。。昔は二通りあると言われ、その後咲かせ方の違いによるのだろうと。。どんな花が咲くか楽しみ。。

No2146 滇梅

伝統奥地蘭
05 /16 2017
 これも今更ながら「滇梅」
 IMGP5888.jpg   IMGP5889.jpg
 日本語読みなら「てんばい」、中国語読みなら「ディエン メイ」
 頑張って増やそう。。

No2112 蓮弁蘭の話その1来歴

伝統奥地蘭
04 /16 2017
蓮弁蘭 Cymbidium tortisepalum 二名法Cymbidium tortisepalum Y.S. Wu et S. C. Chen
 主に雲南省滇西北地区に産し、正月(元旦春節)に咲くので大理では“年拝蘭”と呼ばれる。“拝年花”という意味である。
 蓮弁蘭という名の出所は三つあり、第一は明代崇禎年間(1628年~1644年)、著名な旅行家徐霞客が雲南滇西に赴き著した《滇游日記》である。その二は清代光緒年間(1875年~1908年)に整理された《続雲南通志稿》。その三は民国後期(1928~49年)に整理された《新纂雲南通志·花卉類·蘭》。
 蓮弁という名はその花の形を描写したもので、蓮弁はすなわち荷弁で、雲南の人々の間では荷花he hua(ハスの花)を蓮花lian huaと称していた。
 1423年、大理白族の名士楊安道が編纂した《南中幽芳録》に蓮弁という言葉が出てくる。
 清代及び民国年間に、“蓮弁”は単に花型を表したものから、徐々に一つの品種名を表すようになった。
 抗日戦争(1937年~1945年)から解放初期に植物学者の唐進、汪発瓉両教授が雲南の蘭科植物を大量に調査研究し正式に“Cymbidium lianpan Tang et wang.”というラテン名を付けたが、残念ながら正式に書物として発表されなかった。
 1984年中国科学院昆明植物研究所の編纂した「雲南種子植物名録」に収録された25種の植物の中に唐、汪両教授の蓮弁が記載された。
 呉応样教授が1995年編纂した「国蘭拾粹」に正式に蓮弁蘭という種が加えられた。
 2002年9月,陳心啓教授が多くの蘭の形態を対比した結果、もともと台湾で発見されていた俾亚蘭(ピアナン)と同一種に間違いないことが認められ、学名をCymbidum torn sepalumFukuyama.とすることになった。


http://baike.baidu.com/item/%E8%8E%B2%E7%93%A3%E5%85%B0/10447514?fr=aladdin
https://zh.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E8%98%AD
http://www.nihongo.com/matsuura/cattleya/label.htm
など参考にしました。Fukuyamaなる人物はその名から日本人あるいは日系人であろうと思われますが検索できませんでした。ご存知の方お教えいただけると幸いです。

続きを読む