No 1056 環球荷鼎の謎

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02 /05 2015
緑環球荷鼎のはなし
                               環球荷鼎 蘭蕙小史
 mkk_20150204110850e01.jpg                      兰蕙小史

太原荷
   蘭蕙小史       沈渊如蘭花》       太原荷として投稿されたもの
 太原荷2        沈渊如《兰花》太元荷          太原荷

何年か前に緑環球荷鼎について紹介しました。  2007年易蘭網への投稿
「 昨年袁式剛兄弟の世話により買った“緑環球荷鼎”は,当時花付きであった。袁兄弟が包装する際、水苔の水分が多すぎたために新木が腐りかかっており、直ちに株分けして何とか枯らさずにすんだ。残りの古木一本と小さなバックバルブからその年三つ小さな芽を吹き、今年三つの小さな新子から三方向に芽を吹き、一芽は7枚葉、残りの2芽は6枚葉であった。今最も大きな新芽から押し子が土を切り、2cmなっている。

 現在見かける多くの環球荷鼎の写真は古い資料に記載されているものと花色が明らかに違う。、このため太原荷と混同されているとの説がある。資料に記載されている“高荷”と“環球荷鼎”はとてもよく似ている。私は今日言われる琥珀色の環球荷鼎は“太原荷”ではないかと思っている。
現在“天禄”と“宜春仙”を区別するためにやむなく“老天禄”と称しているように、現在“緑環球荷鼎”と称しているのもやむをえないことである。

 この写真が易蘭網にはじめてお目見えしたとき私はぶっ魂消てしまった。大きな衝撃のなか、ただ思ったことはすぐにも手に入れたいということだった。
花全体が澄んだ緑色の写真はたまに見かけるがこの花のように正統派ではない。緑茎緑花で色瑞々しく翠色、二花とも花茎高く、姚窕(女優)を思わせる美しい姿は充分古典に見る瑞々しい美しさを体現している。
付記:環球荷鼎の最も古い資料
歴史;紹興市賈山頭村の蘭農胡七十が上虞大舌埠山小草湾で1922年に採取し、800銀元で上海の郁孔照に売り、上海蘭界に一大センセーションを巻き起こした。
草型;葉長25~30cm,幅0.8cmくらい幅を引き丸く、弓形を呈し春蘭荷弁広葉中最も長く、広く弓形の典型品種である。葉姿は斜立または直立し、まれに捩れ、葉質は極めて硬くU字型の溝がある。葉の縁は内側に巻き、先端は急激に尖り、露受けあるいはかぎ状。葉縁の鋸歯はきわめて細かく、葉は葉元に向かうにつれ細くなり、中葉はさらに根元で細くなる。新芽の色は深緑、よく見ると不明瞭な紫色のにごりがある。葉鞘(はかま)は内側にかぎ状を呈し葉の付け根をしっかりと抱えている。         
花型; 苞衣は透明がかった薄緑色で、苞の合わせ目は薄い紫の筋となり、花茎は緑白色。よく見ると薄い紫を呈し 花梗は約6~10cm位、主副三弁は收根放角、蚌(どぶ貝、蛤)の殻状捧心、劉海舌、花色瑞々しい緑弁裏にうっすらと条紋がある。」

 これより更に古く(2006年)易蘭網に次のような記事があります。
いろいろ環球荷鼎の歴史について述べたあと

「環球荷鼎の売買に携わった唐駝は実際にこの花を見ているか、この花の特徴をよく知っているはずだ。でなければ彼はこのような説明が出来ないだろう。それに環球荷鼎の写真を23年に呉恩元に送っているし、蘭蕙小史は彼と呉恩元の共著であるから、蘭蕙小史にある“色嫩緑”という記述は正しいであろう。
 先に述べた太原荷、姚石荷は《乃安居芸蘭筆譚》によると異名同種となっておりこれは間違いなかろう。姚石荷の名は湖州の姚佐田氏がつけたもので冯如梅氏もまた同じ湖州人であるからこの郷土史に間違いはなかろう。つまりこれら四種の花は実は寰球荷鼎、太原荷、高荷の三種であるということになる。
 さらに高荷と寰球荷鼎であるが袴の色が郁孔昭が手に入れた寰球荷鼎と僅かな違いがあること以外、花の色が緑であること、大きさが合致し舌も同じであることから呉恩元も同じ花ではと疑ったのではないかと思うがどうだろう。最後に太原荷と 寰球荷鼎であるが、太原荷といわゆる琥珀色の環球荷鼎は記載によると色、筋、花茎ともに極めてよく似ている。しかし残念なことにその行方がようとして知れず実物で比べることが出来ない。文字による描写ではこんなにも無力である。

以上のことから、次のように推測できるとしている。
1、本当の環球荷鼎は花色が嫩緑(瑞々しい緑色)のものである。
2、琥珀色の環球荷鼎は太原荷である可能性が高い。(特徴がよく似ている以外呉恩元と沈渊如も環球荷鼎は緑色であるとし、琥珀色であるとは言っていない。あるいは後の人が嫩緑の環球荷鼎が極めて得がたく、時代とともに誤って伝えられたのではなかろうか。歴史上こういったことはよくあることだ。日本人が琥珀色のものが好きであることまた、その観賞の仕方に大きく関係しているのではないか、日本人は琥珀色のものが本物だと信じたいのではなかろうか)
3、もし呉恩元の仮説が正しいとすれば高荷と緑色の環球荷鼎が同じ株から分かれ同種異名となった可能性が極めて高い。(同じ時に同じ所の人が採取し、殆ど特徴が同じならどうだろう?苞衣の色が違うとしても、採取された大株の野生蘭に二種の異なる花があることは十分あるしまして苞衣ならなおさらであろう。さらに大株の芽に変異が現れる可能性もあるだろう。もちろん上述の三種が一株から分かれた可能性も否定できず、また採取前、あるいは後に芽変わりが生じた可能性もあるが蘭屋は高く売るためには内緒にして言わないものだ。特徴が異なれば、売主が替われば違う名前で売ることだってあるだろう。大富贵と鄭同荷の関係のように一株の蘭からわかれたことは間違いなく、その違いは山採り前あるいは山採り後の変異した可能性は大きい。)
4、ひょっとしたら唐駝が紹介したあの緑環球荷鼎は絶種し、今日流通しているのは芽変わり種の高荷なのだろうか?もちろん仮説はいつまでたっても仮説にすぎない。誰かこの花の運命がこのように多難であるのか分かる人がいるだろうか?いろいろな偶然が重なりあれこれと想像を逞しくしてくれる。」
とあり、先の投稿がこの記事を参考にしているのだろう。
詳しく見たい方はhttp://forum.eorchid.cn/view_35_180170_1.html をご覧ください。

しかし文頭の写真の花が実在する以上、これが本当の環球荷鼎である可能性は極めて高いのではないだろうか。
また環球荷鼎について次のように締めくくっている。

ここにいう環球荷鼎とは緑色のものが本物であり、琥珀色のものではない。更に琥珀色の環球荷鼎と太原荷、高荷の関係を明らかにしなければならない。
これとは別に“始皇帝”について注意しておきたい。これは琥珀色の環球荷鼎(あるいは太原荷といったほうが妥当かも)から高度な科学技術を持って得られたものである。伝え聞くところによると、日本の蘭友が韓国のある科学研究所に委託して作り出したそうだ。

 日本人が琥珀色が好きとか、日本人は琥珀色のものが本物だと信じたいのではなかろうかという話は別にして、とても興味深かった。いずれ写真の花が日本に入ってくる日もあるかもしれない。
今でも姚石荷という名を時々目にします。30数年前に姚石仙という花を買いましたが、小打梅でした。なお姚(yao)は よう と読み ちょう とは読みません。
環球荷鼎の芽変わり種(始皇帝、光宮)についていろいろ言う人がいますが、大富貴や緑雲のことを考えると上の話が本当だろうと思っています。薬品によりいろんな芽変わり種が現れるとすぐにこれを組培し膨大な数の苗ができます。大富貴の芽変わり組培品を実生だとか、葉にギザギザがあるから春蘭に間違いないとか言ってオークションに出品する人が後を絶ちません。春蘭の組培品だからギザがあるのは当たり前だと思うのですが。。

コメント

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No title

今日はご無沙汰です。
面白い話を紹介していただきありがとうございました、とても興味深く拝読いたしました。
最近では一華にもキャップをする人が出てきましたが、寰球荷鼎にキャップを掛けて咲かせたらきれいな緑色に咲くのではないか・・?、などと思ってしまいました。なんか複雑な思いがします。

No title

お久しぶりです。
昔環球にキャップしたら綺麗な紫色になったと聞いた事があります。確か中村さんじゃなかったかなあ。。自分で試したことが無いので真偽のほどは分かりませんが。。

No title

綺麗な紫色ですか!、それにしても実際にやった人が居たとは恐れ入りました。
しかし、緑色に咲く寰球荷鼎と琥珀系の色に咲きやすいものとか、系統らしきものがあるということなのですか・・・?、面白そうだけどあまり深入りしないほうが良さそうですね。

No title

現在日本や中国で流通しているものは殆ど(全て?)が琥珀色のものだそうです。この緑の環球荷鼎はかなり前に易蘭網のブログで知りました。07年の投稿でしたからもうかなり増えていると思います。この蘭と道楽梅は実物を見てみたいです。

No title

道楽梅  彩雲同楽梅の間違いでした。すみません。

No title

いえいえ、東洋蘭は道楽バイ・・!、ですよ。特に彩雲同楽梅など絶種したのではないかといわれているものでしょう、それを探すのはまさに道楽ではないでしょうか。