No2112 蓮弁蘭の話その1来歴

伝統奥地蘭
04 /16 2017
蓮弁蘭 Cymbidium tortisepalum 二名法Cymbidium tortisepalum Y.S. Wu et S. C. Chen
 主に雲南省滇西北地区に産し、正月(元旦春節)に咲くので大理では“年拝蘭”と呼ばれる。“拝年花”という意味である。
 蓮弁蘭という名の出所は三つあり、第一は明代崇禎年間(1628年~1644年)、著名な旅行家徐霞客が雲南滇西に赴き著した《滇游日記》である。その二は清代光緒年間(1875年~1908年)に整理された《続雲南通志稿》。その三は民国後期(1928~49年)に整理された《新纂雲南通志·花卉類·蘭》。
 蓮弁という名はその花の形を描写したもので、蓮弁はすなわち荷弁で、雲南の人々の間では荷花he hua(ハスの花)を蓮花lian huaと称していた。
 1423年、大理白族の名士楊安道が編纂した《南中幽芳録》に蓮弁という言葉が出てくる。
 清代及び民国年間に、“蓮弁”は単に花型を表したものから、徐々に一つの品種名を表すようになった。
 抗日戦争(1937年~1945年)から解放初期に植物学者の唐進、汪発瓉両教授が雲南の蘭科植物を大量に調査研究し正式に“Cymbidium lianpan Tang et wang.”というラテン名を付けたが、残念ながら正式に書物として発表されなかった。
 1984年中国科学院昆明植物研究所の編纂した「雲南種子植物名録」に収録された25種の植物の中に唐、汪両教授の蓮弁が記載された。
 呉応样教授が1995年編纂した「国蘭拾粹」に正式に蓮弁蘭という種が加えられた。
 2002年9月,陳心啓教授が多くの蘭の形態を対比した結果、もともと台湾で発見されていた俾亚蘭(ピアナン)と同一種に間違いないことが認められ、学名をCymbidum torn sepalumFukuyama.とすることになった。


http://baike.baidu.com/item/%E8%8E%B2%E7%93%A3%E5%85%B0/10447514?fr=aladdin
https://zh.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E8%98%AD
http://www.nihongo.com/matsuura/cattleya/label.htm
など参考にしました。Fukuyamaなる人物はその名から日本人あるいは日系人であろうと思われますが検索できませんでした。ご存知の方お教えいただけると幸いです。
親切な方よりFukuyama氏について教えていただきました。

福山伯明(のりあき)博士のことだそうです。
Wikipediaによると「福山 伯明(ふくやま のりあき、1912年 - 1946年)は、日本の植物学者。主にラン科植物の分類学的研究で知られ、生涯に100種類以上の新種を発表した。」とありました。

どうもありがとうございました。

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