No 520 西神梅

伝統中国春蘭
02 /20 2014
“西神梅”について伝わる故事はたくさんある。そのうちのひとつをご紹介。   蘭花交易網より

 言い伝えによると、1912年江蘇省無錫の栄文卿が梅形水仙瓣の春蘭珍貴品を選出した。無錫惠山の古い地名に因んでこれを“西神梅”と名づけた。
 栄文卿の家には名蘭がたくさんあったが、この西神梅がことのほか気に入り大切にしていた。しかし不幸なことにこの花は1916年泥棒に盗まれてしまった。栄文卿はあちこち探したが見つからずやむなくお上に訴えた。彼は当時無錫でも著名人であったので、お上もこの訴えを重視しすぐさま探索を命じた。半年のち幸いにも呉県で見つけ出し栄氏に戻された。この辺の事情は次のように伝わっている。

「ある時栄文卿は町の一軒の店舗でこの花(西神梅)を見かけた。あの手この手で交渉したが買い出すことができなかった。彼は諦めきれず次の年またその店を訪ねその親父にあった。その蘭は育て方がいい加減でひどい有様だった。栄文卿は大金を支払いようやく手に入れた。
 この花は蘭花の至宝だと大切にし、軽々しく他人には見せなかった。後にある人が花匠と結託しこの花を盗んでしまった。栄氏はやむなくお上に訴えた。とうとうその花盗人は捕まり罰として片足を折られてしまった。事件が落着した後この花は宜興の蘭栽培所で見つかった。花盗人はこの蘭を盗んだがために足を折られたのだから、蘭が見つかった以上賠償すべきだと栄氏に迫った。要求したのは金ではなく“西神梅”を半分に割ってよこせというものだった。」

 後に栄文卿は西神梅を金の延べ棒十本で楊干卿に分譲した。楊氏はこれを家宝として自分だけで観賞し決して他人には見せなかった。晚年になり先が短いことを覚った楊氏は息子に告げた。『この蘭は私が生涯で最も愛したものだが、残念なことにお前は育てることができないだろう。私が死んだら沈渊如氏に贈呈してくれ。」
息子は父親の言いつけどおり沈渊如に送り届けた。

 沈渊如氏はこの西神梅を手に入れた後、誠心誠意培養に努め増殖し現在に伝わっている。

沈渊如(1905-1979)は蘭王と呼ばれた蘭の大家で息子と『蘭花」を著した。

今日我々が西神梅を愛でることができるのはこれら三人の無錫の愛蘭家のお陰である。感謝しなければならない。

コメント

非公開コメント